マレーシア東南線の旅(その4)

2013年2月16日
By murakashi

9月18日

前日ロケハン出来なかったので18レを写そうと期待していたDa Bong/Kuala Krai間の様子はさっぱり判らない。ここは当たって砕けろで行ってみるより、Guamsang駅近くで写しそのあとを13時発のローカル84レで追いTanah Merah迄行きタクシーで少し戻りグーグルで確認してあるKusial橋で戻りの19レを撮ろうと決めた。19レが通過するのは18時過ぎで、まさか始発から1時間程度の距離であるから大きく遅延することは無いだろうが、暗くなっては元も子もないからこの付近まで行っておくに限ると計算した。観光地図にもこの橋は記載されていてKelantan州を縦断する大河(名前はケランタン河、多分)をTumpatから左岸側を上ってきた鉄道がこの橋で右岸に渡りGemasを経てSingaporeを目指す。ついでに述べるとこの右岸を下って南シナ海に面するのが州都コタバルである。日本軍のゼロ戦によるハワイ襲撃の一時間20分前日本軍によるコタバル上陸作戦が開始され、これが太平洋戦争の始まりである。そのマレー作戦の指揮を執ったのが山下奉文大将で、2ヶ月でシンガポールまで陥落させた大将の日本での呼び名が「マレーの虎」、そのことを知ってか知らでか日本から渡ったブルートレイン編成による列車の愛称がMalayan Tigerである。意味深な愛称である。こんなことマレーシア人には聞けないがイギリス統治時代は、想像するに、マレー人は一部豪族を除き社会の下層に押し込められていたので山下大将の件も知っていた上でこの愛称をつけたとか?

朝、カメラだけ持ってホテルから近い旧駅を見に出かけた。約1時間遅れで新駅を発車した28レがやってきた。なかなか良いたたずまいである。駅付近で撮るとなれば進入にするか出発にするか、編成の後まで入れるに絶好な眺めの場所が駅手前の線路をオーバークロスする道路にあったが、そこから4~5分で出発を前から狙えるこの付近まで戻れるだろうか?結局二兎追うのは諦め、出発を狙うことにした。

8時頃18レの露払い下り82レが到着

82レ発車

82レが旧駅に通過しようとしている。旧駅時代には使われていた場内信号機(腕木だ!)の残骸が残っている。手前の線路は新駅の側線。

9時17分Malayantiger 到着、正式時刻表では8時27分着と出ているから50分遅れで想定範囲内。ダイヤを描いていて気がついたのだが、この18レはGemasからここGuam Sang 迄の運転時間が他列車に比べ1時間くらい余裕を見ている。そして他急行列車はここから終点Tumpat 迄約4時間で到着しているのでこのMalayantigerの到着時刻13時30分から逆算すると発車は9時半頃でも良いのである。Gemas からGua Musang へ着くまで 途中上り急行2本と交換するからそちらを優先させるためと、もし時刻表通り到着してもここから先の区間を、他夜行列車は暗い時間帯に通ってしまうがこの列車だけはこの先区間の景色を乗客に見せる為意識してこのような時間調整をしているとも解釈出来る。KTMホームページで発表されている正式時刻表は、出発駅以外は到着時刻が掲載されているのでこの辺りの真相は各駅に掲示されているその駅の着発時刻を調べないと正確には言えない。しかし1時間は普通と言われている遅れ常習のKTMがこのような乗客サービスを考えてこうしたとは、信じがたいのであるが、残念なことにこの駅で列車発着時刻案内の写真を撮ってないので正確な発車時刻は判らないが巻頭の手描きダイヤを見ても9時過ぎでは無かったかと思う。とにかくこの列車のダイアは余裕たっぷりに組まれているのは間違いない。

0938 Malayantiger はバックして側線へ移動。もう驚かない、これから交換の、81レが間もなくホームに入線するのだ。

0946 81レ到着20分遅れ、昨日はベアリング焼損で途中打ち切りになった列車だ。

9時51分81レが発車して行く。約1時間遅れ。

9時54分 18レMalayantiger 発車、何年いや何十年ぶりに見るブルートレインの寝台車、しかし先頭が車掌室ではない。後から判ったがスハフは全車シンガポール向きで譲渡された由で、送り出した日本が不親切!これでは完結した編成にならないではないか。

Guam Sang 旧駅を抜けDa Bong に向かうMalayantiger、それにしても恐ろしい線路状態。何ヶ月か前に来ればこの腕木式の場内信号機が見られたのに残念である。

12時 Gua Musang ホームというか食堂というか、風が吹き抜けて暑いけれどまあ爽やかな場所で時間の経つのを待つ。このあとここで昼食をとった。と言ってもパンとジュースだったが。この時点ではこれから12時40分に到着し折り返してTumpat 行きになるローカルが運休になるなど全く疑っていない。何故なら窓口では切符を買っている乗客が居たのだから。

13時、この家族も列車を待っている。  列車は定時なら12時40分に到着している筈なので、窓口の駅員にどのくらい遅れているのか未だ1時間も遅れては居ないのにしつこいとは思ったが、確認のため尋ねたら驚くべき答えが返ってきた。「今日は運休である」。 さあ大変、ここから次の撮影地まで100キロくらいある。実は午前中コタバル方面へ行くバス便があるかバスターミナルまで(約1.5キロ炎天下を歩いて)調べ、毎時30分に手前の町までバスが出ていることが判っていたので迷わずタクシーでバスターミナルへ走った。13時分30発は無く次は14時30分、終点までは2時間と言うからそこからタクシーで行けば19レが件の鉄橋通過は18時過ぎだから間に合うだろう。鉄道と違い交換待ちは無いし。

がらがらでターミナルを出たバスは町中をあちこち回り下校の学生を拾い走り出した。学生を下ろし続けたあとは飛ばしに飛ばしと言いたいところ、片側一車線の国道で行く手を低速トラックにふさがれたりしながら17時前にKuala Kurai の町に到着した。運良くバスターミナルの前にタクシー会社があったので、そこからKusial Bridge へ。グーグルで前もって見ていたところでは左岸川下側の堤防内側に小径らしきものが写っていたのでそこを考えていたが、運転手は勝手知ったる様子でどんどん走り裏道伝いに鉄道橋の左岸詰めまで連れて行ってくれた。これは正解、この日は雲行き怪しくほぼ定時(始発から1時間だから驚くには当たらない!)に19レが来たときには暗くて辛うじてシャッターが切れたくらいだったので。

18時6分定時に19レがやってきた。DLの轟音に驚き泣き叫びながらカラス(?)が舞い上がる不気味な雰囲気のなか、結構速い。

未だ明るい空の反射を使い。これがKusial Bridge (俗称)、太平洋戦争で敗走する英国軍が無数の橋を壊していったが勿論これもその一つ。そこをその名も意味深長なMalayantiger が轟音を響かせ渡って行く。

正式名称はGuillemard Bridge である。

橋は意外とがっしり(太いアングル材でリベット多用)として見える。メーカーズプレートないかと探して見たが見当たらなかった。左が下流側。

この19レとTanah Merah 駅で交換するはずの下り14レはこの橋を渡って来ていないのでこれから駅へ行けば乗れるだろう。その14れ7に乗ってTumpat 方面に下るのが順当のところだが連日の列車遅れを見ていてその案はパス。待たせていたタクシーに乗りそのままコタバルへ走らせそこで宿をとった。これは当たり、このあと一帯は強烈なにわか雨に襲われたがホテルの前までタクシーで無事に行けた。

コメントをどうぞ