8月16日 ホテルを5時半にチェックアウトしてHat Yai駅切符売り場に直行、誰も先客はいませんと言うよりこの駅から同じ列車に乗ろうとしていた客はもう一人だけでしたが、拍子抜けでとにかく乗車券はゲット出来ました。しかしその乗車券を子細に見ると号車番号も座席番号も空欄のままです。どうも自由席特急券(立ち席承知?)のような気がしてなりません。
お目当ての35列車は到着予定の6時半になっても発車予定の7時になっても予想通り姿を表しません。やっと1時間半遅れの8時になって到着しました。長大編成の列車から大勢の旅客が降り混雑する中、先頭2両の2等寝台車が切り離されています。本当にこの客は皆ここが下車駅なのか、車内で「この先お出での方は前の2両に移り下さい」と案内されていて、自由席の自分は座れるのか?と不安になりました。
35列車到着直後の撮影です。画面には入っていませんが左手線路際に給油設備があって、この後この機関車は単機でここまで来て給油を受けていました。
この1時間半遅れの西回り列車を待つ間に、東回りHat Yai始発終点Sungai Kolok行き一番(ローカル)列車が発車して行きました。この列車、ホームには武装兵士が散見されよく見ると機関車次位の荷物車が彼等の詰め所になっています。隊長らしき仁が英語を話すので訊いたら「自分たちが警護するようになってから列車が襲われることは無くなった」ということですが、写真撮影はノーでした。数日後クアラルンプールのイスラム美術館でタイ深南部イスラム圏最近の光景(写真)を見つけました。鉄のとったものでは有りませんが客車や駅、警備の様子など多数が説明無しで並んでいるのを見て只ならぬ様子をうかがい知りました。やはり趣味で行ける場所ではないようです。
2両の二等寝台は上下2段、韓国は大宇製の重々しい響きのする車両です。乗車率は80%位か、無事着席出来ました。相席はロシア人バックパッカーグループ、他にはヨーロッパ系グループ、中国・韓国グループと、本当はグループでは無いかもしれませんがバンコクからの長旅で親しくなっていて?、日本人は私だけでした。
食堂車はありませんからHat Yai構内で買っておいたちまきとビールで朝食です。酒に強うそうなロシア人は、不味そうなパンと水でした。突如子供の頃読んだロシア寓話の貧しい農家の食事が頭に浮かびました。ビール二缶と単調なレールを刻むリズム、窓は開かないし席は通路側、うとうとする間もなくタイ側国境の駅を出るとすぐマレーシア側のPadang Besar駅にはいり1時間20分停車、列車は機関車交代ですが乗客は全部の荷物を抱えて降り、ここでタイ出国とマレーシア入国手続きをします。両手続きをする部屋の間に当然どちらにも属さない地帯がありTax Freeの看板の店がありましたが開いてませんでした。1日2往復ではねえ、商売にならないのでしょう。
列車は2両編成、後部のデッキの貫通扉を開けると写真が撮れました。マレーシアに入って驚いたのは対向列車、旅客は二本で時間帯が違いますから皆無、長大貨物が多いことです。昨日Hat Yaiで見ていてもマレーシア側との往来は全く見られなかったのにです。それに在来線は植民地時代からのカーブ・勾配は地形に優しいファン好みの線形ですが、それを部分改良などではなく大々的に新線に付け替えようと工事が真っ盛りです。
ButterworthはスイッチバックというかY字型路線の終端です。Kuala Lumpurから来てもHat Yaiからもここで終点で短絡線はありませんから、昨夕Hat Yaiで撮ったKuala Lumpur行き列車は昔は途中立ち寄っていたButterworthには行かず分岐点のBukit Mertajam駅で機関車を前後付け替え直行します。で、Butterworthの見所はY字に合流した区間にある船を通すための旋回橋です。日本では勝どき橋や佐賀線の筑後川開閉橋が有名で、これらは橋を上下させますが、こちらは90度水平に回転させる方式です。今まさにその橋を渡っています。中央部を頂点に勾配のある橋でした。
2時間10分遅れの15時10分(マレーシア時間)にやっとButterworth到着しました。しかし旧駅は建て替え中でしょぼくれた2面の仮駅です。上の写真の右奥に写っているのが取り壊し中の旧ホームです。
驚いたのは、Hua Lamphong行きは前日に到着した客車が今日出て行くと思っていたのが、この客車を車内清掃して折り返すと駅員が言っていることです。その発車時刻が14時20分!道理で途中で交換してない理由が理解できました。そこでひらめきました、戻って行くHua Lamphong行きを先回りして旋回橋で写せます。急いで駅を出てタクシーと交渉、チェックインしたらこの旋回橋を見に行こうと考え橋のBukit Mertajam側にあるホテルを予約していたので、料金を倍払うからこの列車の通るまで付き合えと言うことで交渉成立。この運ちゃんは今年73才、日本人と判るやこの歌を知ってるか?と「見よ東海の空あけて 旭日高く輝けば ・・・」と昔懐かしい愛国行進曲を歌い出しました。私は始めの空あけてまでしか歌詞を憶えて居らずメロディーだけ、爺様も日本語だかマレー語だか意味もわからず二人で歌いながら列車を待ったのであります。
約束のHua Lamphong行きが出てくる前に朝Kuala Lumpurを発ったButterworth行きが通りました。運ちゃんは、列車が通ったからホテルへ行こうと言いますが、約束の列車はこれではないと正論でお押し切ります。
約束の列車がやっと来ました。2時間20分の遅れです。マレー鉄道内は順調としてもその先タイ国内では更に何時間遅れが重なり合計したら何時間遅れでHua Lamphongに辿り着くのでしょうか? マイペンライ?
マレーシアはイスラム国家で今はラマダン中、ホテルのレストランで恐る恐るインド人のシェフに頼んだらシシカバブにビールを未だ日没前というのに出してくれました。やれやれ。







